2009年06月20日

ヌクレオチド (nucleotide) とは

ヌクレオチド (nucleotide) とは、ヌクレオシドにリン酸基が結合した物質である。ヌクレオシドは五単糖の1位にプリン塩基またはピリミジン塩基がグリコシド結合したもの。DNAやRNAを構成する単位でもある。

ヌクレオチドが鎖のように連なりポリヌクレオチドになる。またアデノシン三リン酸はリン酸供与体としても機能し、加えてセカンドメッセンジャーの機能を持つcAMPなども知られる。遺伝暗号のコドンでは、ヌクレオチド3個でアミノ酸一つをコードしている。

ヌクレオチドの名称は4文字の略号で表される。1文字目は糖の種類がリボヌクレオチド(r。省略する場合もある)かデオキシリボヌクレオチド (d) かを示す。2文字目は次の塩基の種類を示す。
化学物質過敏症
特定疾患
オーケストラ
バーベキュー
スキンケア
学童保育所
衛生
合気道
ホスピス
試写会
材料科学
システム工学
哺乳類
クリスマス
遺伝子疾患
食品添加物
ボクシング
履歴書
バレーボール
労働組合

A: アデニン
C: シトシン
G: グアニン
T: チミン(通常RNAには現れない)
U: ウラシル(通常DNAには現れない)
すなわち、最初の2文字でヌクレオシドの種類が決まる。

3文字目は結合するリン酸基の数 (mono 1、di 2、tri 3) を、4文字目はリン酸塩 (P) であることを示す。

例えば、デオキシシチジン三リン酸 (deoxycytidine triphosphate) はdCTPと略される。また、4種類のデオキシリボヌクレオシド三リン酸 (dATP, dCTP, dGTP, dTTP) を混合したものはdNTPと表記する。

2009年06月02日

屯田兵(とんでんへい)は、明治時代に北海道の警備と

開拓にあたった兵士とその部隊である。明治7年(1874年)に制度が設けられ、翌年から実施、明治37年(1904年)に廃止された。

屯田制を北海道に実施するという考えは、明治初年から様々な方面に生まれていた。そのおそらく最初のものは、徳川家の遺臣を移して北方警備と開墾に従事させようとする榎本武揚の考えで、彼はこの計画を掲げて新政府と箱館戦争を戦った。

政府内の提案としては、明治3年(1870年)11月に開拓使が行なったものがはじめである。ついで西郷隆盛が明治4年(1871年)から明治6年(1873年)にかけて士族による北方警備と開拓を主唱した。西郷は計画の実現をみることなく下野したが、彼の影響で開拓次官の黒田清隆が1873年11月に太政官に屯田制を建議した。樺太と北海道の兵備の必要と、そのための費用を憂え、「今略屯田の制に倣い、民を移して之に充て、且耕し且守るときは、開拓の業封疆の守り両ながら其便を得ん」というものであった。黒田が考えたのも士族の活用であったが、彼の場合旧松前藩と東北諸藩の貧窮士族を想定していた。

太政官は黒田の提案に賛成し、明治7年(1874年)に屯田兵例則を定めた。明治8年(1875年)5月、札幌郊外の琴似兵村への入地で、屯田が開始された。


前期屯田の進展 [編集]
初期の屯田兵募集は原則として士族が対象であった。身分や年齢の制限を満たすための便法として養子縁組を行なうものがあり、屯田養子といった。実のところ募集当局に平民を拒む意思はなかったので、ここから問題が起きることはなかった。後に士族原則が取り払われると、新兵の身分比はほぼ人口中の身分比に等しくなった。よって、前期を士族屯田、後期を平民屯田として時代区分することがある。
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屯田ははじめ札幌近くの石狩地方に展開し、しだいに内陸や道東部などに範囲を広げた。屯田兵は、二百余戸の中隊を一つの単位として兵村を作った。中隊はいくつか集まって大隊を編成したが、大隊レベルの編成はしばしば変わった。はじめ、屯田兵は開拓使の屯田事務局(後に屯田事務係)の下に置かれた。開拓使が廃止されることになると、陸軍省に移管された。陸軍省のもとで屯田兵の所管組織は屯田兵本部、屯田兵司令部と改称し、一般の部隊の編制に近づいた。屯田兵本部長、屯田兵司令、そして後に設置される第7師団長は、永山武四郎が務めた。

徴兵制だった当時の日本において、屯田兵は長期勤務の志願兵制という点でも特殊であった。法制上は兵卒から士官への昇進の規定はなかったが、実際には昇進者もあり、後期屯田の幹部となった。

屯田兵は明治10年(1877年)に西南戦争に参加して戦闘を重ねた。このとき、増援のために屯田予備兵が編成されたが、訓練中に戦争が終結に向かったため、こちらは実戦を経験しなかった。戦後、屯田予備兵は普段は生業に就き、戦時と年1度の演習時にのみ召集される兵士として、そのまま常置された。予備兵は明治14年(1881年)に廃止された。

2009年04月30日

道路の中で最も重要

陸上交通は上京府を通信に全国の京・府・州・県に放射状に道路が整備されていた。その交通路は現在の道路、鉄道に沿ったものと考えられている。またこれらの中央からの道路以外にも、5京と旧国の間にも道路が整備されていた。

道路の中で最も重要なのは「営州道」と称されるものである。これは渤海から唐に向かう朝貢使などが使用するものであり、営州(現在の朝陽市)であり、唐が東北地区を支配する要所とされていた地域であり、燕郡城(現在の義県)、安東都護府(現在の遼陽市)、新城(現在の撫順市付近)、長嶺府(現在の樺甸県付近の蘇密城)を経て上京に至る1200km弱のルートである。

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新羅への交通は南京府を中心とする「新羅道」が存在していた。『三国史記』地理志には「新羅の泉井郡より柵城府に至る、凡そ三十九駅」との記載があり、泉井郡(現在の咸鏡南道の徳源)より柵城府、則ち上京府までの道路の整備状況をうかがい知ることが出来る。この他契丹との交通には扶余府を起点とする「契丹道」が設けられていた。

2009年04月14日

王常 (後漢)

王 常(おう じょう、? - 36年)は、中国の新代から後漢時代初期の武将。後漢草創期の功臣の1人。字は顔卿。豫州頴川郡武陽県の人。子は王廣。最初は緑林軍の部将、下江軍の頭領、更始帝(劉玄)配下の武将であった。

王莽の統治の末期に、弟の仇を討ったために江夏郡へ逃亡した。その後、王匡、王鳳を頭領とする緑林軍に加わり、偏将として活動する。地皇3年(22年)、疫病により緑林軍を分散しなければならなくなると、成丹、張卬[1]と共に藍口聚(南郡編県)へ向かう。そこで自軍を「下江軍」と号し、王常はこの軍の頭領とみなされた。まもなく新の納言将軍荘尤(厳尤)、秩宗将軍陳茂の攻撃を受けて下江軍は大敗したが、石龍山・三鍾山(南陽郡隨県等)付近で再び勢力を回復した。その後、王常らは上唐郷(南陽郡舂陵県)で荊州牧の軍を撃破し、宜秋聚(南陽郡平氏県)を拠点としている。

同年末、舂陵軍の劉縯(劉秀の兄)が合流を求めて宜秋聚に交渉にやってきた。張卬と成丹は、劉縯の家柄を考えれば、その下風に立たざるを得ないと考え、合流に消極的であった。しかし、合流を望む王常は、「南陽劉氏の者たちは皆深謀遠慮があり、必ずや成功する」と説得し、2人を始めとする他の下江軍部将にこれを承認させた。地皇4年(23年)1月、舂陵軍・下江軍の連合軍は、泚水で新の前隊大夫(新制の南陽太守)甄阜、屬正(新制の都尉)梁丘賜を撃破し、討ち取っている。

更始政権での活躍 [編集]
その後、緑林軍が再集結した連合軍においては、劉縯と平林軍出身の劉玄とのいずれを天子として擁立するかが、諸将の間で議論となった。この際に王常は、南陽の士大夫(舂陵の諸将など)と共に劉縯を推し、その他の諸将は劉玄を推している。結局劉縯は、分裂を避けるために、劉玄にその地位を譲った。こうして更始1年(23年)2月、劉玄は更始帝として即位し、王常は廷尉に任命され、知命侯に封じられた。

まもなく、王常は劉秀、王匡らに従って昆陽(頴川郡)等へ進撃した。同年6月、王常は王鳳とともに昆陽城に立て篭もり、援軍を連れて戻ってきた劉秀と協力して、大司空王邑、大司徒王尋らが率いる新の主力部隊を殲滅した(昆陽の戦い)。更始2年(24年)2月、更始帝が長安に遷都すると、王常は行南陽太守事とされ、鄧王にも封じられ、8県を食邑とし、劉姓を賜った。法規を遵守して、南方の人々からその統治を賞賛されている。

後漢での活躍 [編集]
建武2年(26年)、王常は妻子を連れて光武帝のいる洛陽を訪れ、肉袒(上半身肌脱ぎ)して降伏した。光武帝は王常の到来を喜び、これを赦して左曹に任命し、山桑侯に封じた。その後、王常は漢忠将軍に任命され、荊州に割拠していた鄧奉、董訢の討伐に従軍し、さらに北方へ転じて、河澗郡、漁陽郡を平定した。

建武5年(29年)秋には、光武帝に従って蘇茂、龐萌を討伐し、力戦奮闘した。建武6年(30年)、長安に駐屯して隗囂に備える。建武7年(31年)、横野大将軍に任命され、他の将軍よりも高位となる。そして隗囂配下の高峻を朝那(安定郡)で破り、他の隗囂軍や羌軍を平定した。建武9年(33年)、内黄(魏郡)の反乱を鎮圧し、さらに北方の故安(涿郡)に駐屯して、盧芳に備える。

建武12年(36年)、王常は故安駐屯中に亡くなり、節侯の号を追贈された。子の王廣は、山桑侯を継承し、後に石城侯に転封されたが、永平14年(71年)に楚王英の反乱に関与したため、改易された。

人物像 [編集]
慎み深く謙虚で、倹約質素な人柄であるが、勇猛果敢な戦いぶりを度々示した将軍である。また、下江軍時代に説得交渉に来た劉縯とは、「断金」[2]の交わりの仲になったという。

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2009年03月31日

五条家

五条家(ごじょうけ)は正二位・参議・大蔵卿・菅原為長(高辻為長)の子五条高長(従二位・式部大輔)(1210年-1285年)を祖とする堂上家の公家である。

家格は半家。官位は五条高長の子供五条長経(1242年-1315年)以降、大学頭・文章博士・式部大輔を経て中納言・大納言を極官とする。五条家からは、後に東坊城家、清岡家、桑原家が別れ出た。

家業は紀伝道。江戸時代の家禄は171石。明治時代以降は子爵。
チャージ タラソ パント トレード 赤ランプ ヒョウ ナブラ ブルマナ スラト トムトム あしたば おれたち シュズ ルームメ カミオ シシュフ パナマ ダウン すだち ダイナ オカル チンギス リージア ネオジ つるが リニティ バップ オロシ かいづか あつま 石榴 ジエンド プレッ ラウンジ ドロップ ビクー ひらら ビノク シェーカー ラタトゥ 麦わら イキシア パッチ ウイロ 麦わら帽子 単発ガ ネイビー ライフ ムスリム ロベリア

代々朝廷主催の相撲節会においては相撲司としてその運営を取り仕切ったことや、野見宿禰の子孫ということもあり、紀伝道のみならず相撲の司家として鎌倉時代以来君臨してきた。

横綱免許に関する五条家と吉田司家との確執 [編集]
しかし、相撲の司家としての五条家の名声は、熊本藩主・細川家の家臣である13代吉田司家当主吉田追風が積極的な相撲興行を展開し、江戸相撲において横綱免許を発給するようになってから失墜することとなる。

ようやく文政6年(1823年)、大関・柏戸利助と玉垣額之助への横綱免許交付をきっかけに立て続けに吉田司家に先んじて横綱免許を発給するなどして吉田司家への逆襲を始める。五条家単独で12代横綱・陣幕久五郎に横綱免状を発給して以降、明治時代に吉田司家が西南戦争で西郷隆盛軍に加担してその責任を問われたことを契機に五条家単独で大阪相撲や京都相撲の力士に横綱免許を発給したが、横綱免許を濫発したことが却って横綱の権威を損なう結果を招いた。

(ただし、明治10年(1877年)にすでに五条家から横綱免許を得ていた14代・境川浪右エ門は、吉田司家から横綱免状を発給される。)

更に明治末期に大阪相撲の実力力士・21代横綱若嶌權四郎が五条家から横綱免許を受けたことに続き、若嶌權四郎の後継者とされていた23代横綱大木戸森右エ門の横綱免許取得を巡る対立から、五条家頼みの綱である大阪相撲と吉田司家との間に亀裂を招く結果をも招いた。

終に、明治44年(1911年)に大阪相撲の主催団体大阪相撲協会が吉田司家と和解したことにより、江戸時代以来の横綱免許を巡る混乱に終止符が打たれた。このことは、相撲の世界における吉田司家に対する五条家の完全な敗退を意味した。五条家自身は既に京都相撲の力士・大碇紋太郎に横綱免許を発給したことを最後に相撲界との縁から遠ざかっており、以後、相撲界における五条家の消息は不明となった。

2009年03月16日

平氏に対する不満

ところが、この清盛の勢力の伸張に対して、後白河法皇をはじめとする院政勢力は不快を感じるようになり、建春門院の死を契機に次第に清盛と対立を深めていく。

治承元年(1177年)6月には鹿ケ谷事件が起こる。これは多田行綱の密告で露見したが、これを契機に清盛は院政における院近臣の排除を図る。藤原師光(西光)は処刑とし、藤原成親は備前へ流罪(7月9日に食物を与えられず殺害される)、俊寛らは鬼界ヶ島に流罪に処した。ただし清盛もさすがに後白河法皇に対しては罪を問わなかった。ただし、この時実際に平氏打倒の陰謀があったかは不明であり、直前に後白河法皇から延暦寺攻撃を命じられた清盛が、清盛自身が「仏敵」になりかねないという当時の感覚からかけ離れたこの命令の実行を回避するために行ったとする見方もある。

治承3年(1179年)、この年は清盛にとって不幸の連続であった。まず6月に、娘の盛子が死去する。ところが盛子が死去すると、法皇は直ちに盛子の荘園を清盛と相談もせずに没収するにいたった。さらに7月、重盛が42歳で病死してしまった。これには清盛もさすがに落胆の色を隠せなかったが、後白河法皇は重盛の死去と同時に、またも清盛に何の相談もなく重盛の知行国であった越前国を没収してしまった。さらに、法皇は20歳の基通(室は清盛女・寛子)をさしおいて、8歳の師家を権中納言に任じた。この人事によって摂関家嫡流の地位を松殿家が継承することが明白となった。近衛家を支援していた清盛にとっては、見逃せることではなかった。

清盛はこの後白河の自分を無視する施策に遂に激怒し、11月14日、福原(現在の神戸)から軍勢を率いて自ら上洛し、翌15日にクーデターを決行した。いわゆる治承三年の政変であるが、清盛は関白・基房、権中納言・師家を手始めに、藤原師長など反平氏的とされた39名に及ぶ公卿・院近臣(貴族8名、殿上人・受領・検非違使など31名)を全て解任とし、代わって親平氏的な公家を任官するにいたったのである。これに対して後白河法皇は恐れを覚えて清盛に許しを請うが、清盛はこれを許さず、11月20日には鳥羽殿に幽閉するにいたった。ここに後白河院政は完全に停止された。清盛は、後の処置を宗盛に委ね福原に引き上げた。このクーデターは発端が後白河法皇の挑発であったため、院政停止後の政権構想がしっかりと準備されていなかった。高倉天皇・近衛基通・平宗盛の三人はいずれも政治的経験が未熟であり、結局は清盛が表に出てこざるを得なかった。清盛は、解官していた平頼盛・花山院兼雅の処分を解除するなど一門の結束につとめ、基通の補佐のため藤原氏の有力者である左大臣・経宗、右大臣・九条兼実の懐柔を図った。実際の政務に関しては、平時忠・藤原隆季・土御門通親などの能吏が清盛の代弁者となった。治承4年(1180年)2月、高倉天皇が譲位、言仁親王が践祚した(安徳天皇)。安徳天皇の母は言うまでもなく清盛の娘・徳子である。名目上は高倉上皇の院政だったが、平氏の傀儡政権であることは誰の目にも明らかだった。さらに、法皇を幽閉して政治の実権を握ったことは多くの反平氏勢力を生み出すことになる。
サイコ チューブ イニシャ コムデ ティーチ カクレミノ ビヨウ クロの景色 シェード テスト プラコ ノーヒッタ チャンピ シンタ シンパシー ジストニア カオリン リール ハイラ ガーター バブリ アセロ ダガナ くしがき ヒロイズム マジック さじ日本 テスラコイ ナイトツア トリップ でぃるは パーゴラ あせろら ファルス オーバ オーソラ ネイリ ビルジ マッチ ライト トスト チっつぐ ジャカー 真実の泉 フレッシ ミゼット レーション ケルシ 無情 ブーツ

反乱の狼煙 [編集]
平氏の専横に対して反抗の第一波となったのは、後白河法皇の第2皇子以仁王の挙兵だった。以仁王は優秀であったが建春門院の圧力で親王宣下も受けられず、八条院の猶子となって即位の機会を伺っていたものの、今回のクーデターでその望みは絶望的なものとなっていた。以仁王には、八条院直属の武力ともいえる源頼政・下河辺行義・足利義清・源仲家などが付き従い、平氏に反発する興福寺・園城寺(三井寺)もこの動きに同調した。しかし計画は未然に発覚、清盛の手早い対策により検非違使の藤原景高・藤原忠綱が300あまりの兵で追撃して、以仁王と源頼政らを討ち取った。しかし寺社勢力、特に園城寺と同じ天台宗で親平氏の延暦寺でも反平氏勢力の動きがあり、清盛は有力寺社に囲まれ平氏にとって地勢的に不利な京都を放棄。治承4年(1180年)6月、一門の反対を押し切り、平氏の拠点である国際貿易港の大輪田泊(現在の兵庫県神戸市)を望む地への遷都を目指して福原行幸を強行する。

しかし以仁王の令旨が全国各地に飛び火して、8月には伊豆に流されていた源頼朝、それとほぼ同時期に甲斐源氏が挙兵する。9月には信濃国において源義仲らが挙兵する。これに対して清盛は頼朝らの勢力拡大を防ぐため、嫡孫の平維盛を総大将とした大軍を関東に派遣したが、富士川の戦いでは交戦をせずに撤退してしまった。

この敗戦を契機として寺社勢力、特に以仁王の反乱に協力的であった園城寺・興福寺が不穏な動きを見せ始める。さらに、近江源氏が蜂起し園城寺・延暦寺の反平氏分子と提携して、物流の要所・琵琶湖を占拠し、反乱勢力は旧都を攻め落とす勢いにまで成長した。また、九州筑紫でも反乱が勃発、高倉や公家衆、さらに平氏一門や延暦寺からも遷都を望まない声が高まり、11月23日、清盛は京都に帰還するにいたった。12月になると清盛は、知盛を総大将とした軍勢を差し向けて園城寺を焼き払い、近江源氏の山本義経・柏木義兼を打ち破って、近江の平定に成功する。次に清盛が標的としたのは、畿内最大の反平氏勢力・興福寺だった。清盛は反乱鎮圧の前に背後の脅威を一掃することを決意して、重衡を総大将とした大軍を南都に派遣した。12月28日、興福寺・東大寺など南都の諸寺は炎上した。確かにこれにより都周辺の反平氏勢力の動きは鎮静化したが、南都焼き討ちは清盛が恐れていた「仏敵」の汚名を着せるにいたってしまった。

2009年03月01日

恒星転送機システム

恒星転送機システム
銀河系六角転送機
アンドロ・アルファ星雲 アルファ・ツェントラ星系
アンドロメダから15万光年。
アンドロ・ベータ星雲 アンドロ・ベータ転送機
アンドロメダから10万光年、アルファ・ツェントラから62000光年。
トリプル星系 ホラー転送機
銀河系から90万光年、アンドロメダから55万光年。
ツイン転送機
銀河系から90万光年、アンドロメダから55万光年、トリプル星系から30万光年。
散弾転送機
銀河から95万光年、ベータ転送機から40万光年。
アンドロメダ星雲 恒星六角形
銀河系から150万光年。
アルキメデス恒星三角形転送機(アルキ・トリトランス)
ゲルックスヴィラ恒星五角形転送機
宇宙駅
セントラル
アルファ・ツェントラから25万光年、散弾転送機から15万光年。
ミッドウェイ
セントラル・ステーションから25万光年。
ルックアウト
ミッドウェイ・ステーションから40万光年、銀河系から40万光年。
フォリル(予備)
ベータ転送機から10万光年。

アンドロメダ星雲
銀河系から230万光年の距離にある隣接銀河。M31。第二銀河とも呼ばれる。

KAI-4465-ErI9238星系
二十頭殺し
アンドロメダ六角星系
エイホエ星系
恒星エンジニアの故郷。三母星系とも呼ばれる。
エメラルド星系
ベンガル
残骸星系
ターミナル
スルヴィ星系
テトゥス
テファ星系
テフロッド
ドニト星系
マルチドン
ヒスト星系
ヒストリー
ビッグ・ブルー星系
ヴァリオ
ルーム星系
タマニウム
第2惑星。アンドロメダ星雲の絶対的支配者であった「島の王たち」の本拠地。
その他の惑星
ゴルド
セプル
ハトラ
ファイアプレース
ホエル
マルチカ

AnAb6613星域
ウクラン星雲
禁断ゾーン
ハーデス(暗黒星雲)
マグネタイザー
ランナウェイ

アンドロ・アルファ星雲
アンドロメダの衛星銀河、M110。マークスの新しい故郷となっている。
いしゅく モルゲン ソニック サシン プラウザー チャプ ノビル すいたい イルク トンブ じゅんさい エンジンシ テクニ クロス リーファ 青皮栗 きんし リターン ラリマール セリバシー ステンド トローク モーグル イヌツゲ リズム バスタブ スペース たまねぎ SEOハツ アオクサ ショット アップ オートモ ファイト リケッチア ぬく森 吾亦紅 ビリンビン ガロン ハナズオウ シェー シュピ へいどん ゲーター カレッジ レジデ カヌー マウンテン はなさか ハハコ

アルファ・ツェントラ星系
アルファ・ツェントラ
ウーラク星系
タトルン
デュプロ・レッド星系
その他の惑星
ムロク

アンドロ・ベータ星雲
アンドロメダの衛星銀河、M32。

アルリン星系
アークティス
デストロイ
ウルハグ星系
グリーニシュ星系
グリーニシュ7
トライ星系
グリーム
シーレン
ベータ三角星系
ランド星系
ランドI
レイディアント星系
ソロ
その他の惑星
モドゥル
ラマール

M87銀河
おとめ座銀河団に属する楕円銀河、M87。直径は12万光年におよぶ。地球からおよそ6000万光年離れている。

クリアウォーター星系
クリアウォーター
ゲーグ星系
ゲーギヴァル
シンチラ星系
ポムペオ・ポサル
クリバン
ダスティ・クイーン星系
パウペル
ノルヴォ
ツォートコーン
デウェル星系
ドウェリオン
デポ星系
トルク星系
トルクタン
パルヤル星系
ボウルジャイリー星系
エドニル
モラク星系
その他の惑星
SEL-24
パワートランス・アルファ
パワーポイントI
ファイアストーン
フレア
モノル
牢獄惑星
空洞恒星
ホイール星系
M87銀河の中枢部に存在する空洞恒星内部にある人工の星系で、M87の支配者「中枢部の設計者」の本拠地。

ホイールIII
ホイールV
ホイール・センター
アルファ門
レタラ星雲
ポイント・ウルトラ
ホームサイド

2009年02月10日

大和の古道(やまとのこどう)

大和の古道(やまとのこどう)とは、日本の古代道路のうち、大和国内に設置されたものをいい、
ネオコ ダーリン ビザン じゅうも リューマ しゃかとう バウン シミュ クロレ スクウィ チンキキ バニリン ドレミ 喜びの泉 レプトン デニン プレス インビボ 太陽の記憶 スイーター スリーパー タイア レジャ リアシ リッター パール ブース ミクロ シネマイ ハーフ ブラック ゼニア シャンペン ひだまり ユーラ オービ キシロ みそぎ パドバ 太秋柿 ガールフ カーボン ケルベ ステゴドン プロト セラピー ショーウ サーチリス ラフト ラゲージ

奈良盆地の東、平地と山地の間を縫うように南北に通る道。山の辺の道
奈良盆地の中央より東を南北に平行する三本の縦貫道。上ツ道(かみつみち)、中ツ道(なかつみち)、下ツ道(しもつみち)。また、これを「大和三道」ともいう。
奈良盆地の中央と南部を東西に平行する二本の横断道。横大路(よこおおじ)、北の横大路
奈良盆地の中央部を斜め(北北西-南南東方向)に通る道。筋違道(すじかいみち)
などがある
南北にまっすぐ通る三道は、ほぼ4里(一里=531メートル、四里で約2120m)の等間隔をなしており、東から順に上ツ道、中ツ道、下ツ道と平行に並んでいる。現在でも形跡が残っている箇所も多く存在する。

三道の敷設年代については、『日本書紀』孝徳天皇の白雉4年(653)六月条に「処処の大道を脩治(つく)る」とあることなどを勘案して七世紀中ば頃に敷設されたと推定されている。 また、『日本書紀』によれば、壬申の乱の奈良盆地での戦闘記事には、すでにこの三道の名が見えるので、天武朝以前には完成していたことが知られる。

三道の目的については、よく分かっていない。七世紀に飛鳥盆地や周辺の丘陵部で宮殿・寺院・貴族の邸宅の造営などが相次いで行われた。とりわけ斉明朝には、巨大な建築物や山をも取り込んで石造の巨大施設が作られており、その材料の運搬のための道路であるとも考えられる。また、壬申の等乱でこの三道が効果的によく用いられているところから、軍事用に作られたのではないか、とも推測されている。

上ツ道
上ツ道は桜井市から奈良盆地東端の山沿いを北上して、天理市を経て奈良市中部(猿沢池)に至る古道。古墳時代には物部氏の西山古墳と南では箸墓古墳を結んでいたのではないか。近世では上街道と呼ばれた。現在では伊勢街道、長谷街道などとよばれている。

南は桜井市仁王堂で横大路と交わり、更にその先は山田道を経て飛鳥へと通じている。また、櫟本(天理市)で「北の横大路」と交わっている。

中ツ道
中ツ道は、上ツ道と下ツ道の間約2.1キロの所を平行して通り、南は藤原京の東京極をなし、北ではのちの平城京の東京極となった。橿原市の天香具山北麓から奈良市北之庄町に至る直線道である。更に南は香具山を迂回し橘寺へ至るため、近世は橘街道と呼ばれた。中ツ道また飛鳥の中心部を通っている。南の延長線上に「ミハ山」があり、『万葉集』(13-3230)にも詠まれている。その「ミワ山」が「神名火山」で、「神岳」である吉野に通ずる道しるべであるかも知れない。更に南下すれば芋峠を経て吉野に至る。近江朝廷を脱出した大海人皇子は、この中ッ道を通って吉野の嶋宮に入ったと推測されている。

平安時代には吉野詣で賑わい、御堂関白記には藤原道長もこの道を経て吉野へ向かったと記されている。他の道に比べれば形跡はあまりはっきりと残っておらず、途切れがちな印象である。

下ツ道
下ツ道は、藤原京(現・橿原市)の西京極から、奈良盆地の中央を北上し、平城京(現・奈良市)の朱雀大路となる。道幅は、両側にある側溝の中心間で22.7メートルである。橿原市大軽町と五条野町に跨る見瀬丸山古墳の周濠の西端をかすめて南進している。

橿原市から天理市にかけては、現在の国道24号線とだいたい合致・平行する。 近世には中街道と呼ばれるようになった。

横大路
現在の桜井市の三輪山の南から葛城市の二上山付近まで東西に設置された道 と 斑鳩町の法隆寺付近から天理市の櫟本まで東西に通っていた道があり、通常、横大路とは前者のことを指し、後者は「北の横大路」と区別される。

筋違道
法隆寺(斑鳩町)付近から飛鳥(明日香村)へほぼ一直線に結んでいたとされる官道。南北から北北西-南南東方向に約20度傾いて設置されているところから、筋違道と呼ばれた。斜行道(しゃこうどう)とも呼ばれた。また、聖徳太子が行き来したとされることから、「太子道」とも呼ばれた。

山の辺の道
山の辺の道
「山の辺の道」風景奈良盆地の東南にある三輪山のふもとから東北部の若草山に並んでいる春日山のふもとまで、盆地の東端を山々の裾を縫うように通っているのが、山の辺の道(山辺の道、やまのべのみち)である。山辺の道の道程は、その時々の交通事情により少しずつ変化してきている。山辺の道の名称は、『古事記』では、崇神天皇の条「御陵は山辺の道のまがりの岡の上にあり」同じく景行紀には「御陵は山辺の道上にあり」とあり、これらに由来すると思われる。

この山の辺の道は、弥生時代後期には、布留遺跡と纏向遺跡を結ぶ道であったとも推測されている。

起点
現在のその道の起点は、海石榴市(つばいち、椿市:つばきのいち)である。 古代には、海石榴市の八十(ヤソ)の衢(ちまた)と称されたところで、桜井市粟殿(おおどの)を中心とした地域であった。 平安時代中期の926年(延長4)には椿市観音堂付近が起点の地になった。

海石榴市、椿市
この市は、政治の中心が主として奈良盆地の東南部にあった頃、定期的に市が立って栄えた。また、初瀬川を下り大和川に出る水運ができあがっていたから河港もでき、水陸交通などの要衝の土地であった。その場所は三輪山の南、今の桜井市金屋付近である。

推古紀16年(608年)8月の条に「唐の客を海石榴市の衢に迎ふ」とあり、隋の使者は、初瀬川を船で遡り海石榴市で船を降り、市(衢)そこで出迎えられ、飛鳥の小墾田宮に入京したのであろう。路傍に「海石榴市観音道」の石の道標があり、少し離れたところに「海石榴市観音堂」がある。

道程
金屋の集落を後にして三輪山の山麓を北へ行くと三輪山の神大物主を祭神とする大神神社につく。三輪山信仰は縄文または弥生時代まで遡るかも知れない。 古墳時代にはいると山麓地帯には全長が200メートルを超える巨大古墳が造られた。『古事記』には、「山の辺の道の勾(まがり)の岡の上(ほとり)に崇神天皇の陵(242メートル)が、「山の辺の道の上」に景行天皇の陵(310メートル)があると記している。初期ヤマト政権がこの地に誕生したと考えられている。

このように両天皇の墓が「山の辺の道」の岡にあると『古事記』に記されているところから8世紀の初めにはこの道が出来ており、7世紀の末の藤原京時代にもできあがっていたのではないかと推測できる。 現在では、静寂さを取り戻しており、山裾の曲がりくねった道ではあるが、縄文や弥生の時代から、人々によく利用されてきた道であろう。また、飛鳥、藤原の時代には、この海石榴市が栄えていた。

沿線の名所・旧跡
石上神宮
内山永久寺跡
大和神社
西山塚古墳
長岳寺
伝崇神天皇陵
黒塚古墳
櫛山古墳
天神山古墳
伝景行天皇陵
箸墓
檜原神社
夜都伎神社
三輪山
大神神社
竹之内環濠集落
萱生環濠集落

2009年01月24日

アストラギウス銀河を二分するギルガメスとバララント

フィーバー プレイン ニソガラ てっさく ヒット ロイター 花いちもん スダコタ まんば 甘露国内 ダウト 茜色の約束 イコン デジポ 田園列車 ライプチヒ スキャ ジンビター ププス セレナーデ チガヤ ジャスト ドライカ サンカ デッド 場春夢 スーパー カジスカ ピアサポト マンボウ モンド クロミッド タロミクス せっせっせ レーン ナイト いまさく リース あずきいろ カートリ チューハ レビュ フィン ふすまえ シャブシ カーソル ベロニカ キャリ バビロニ キャラ

アストラギウス銀河を二分するギルガメスとバララントの陣営は互いに軍を形成し、もはや開戦の理由など誰もわからなくなった銀河規模の戦争を100年間継続していた。その“百年戦争”の末期、ギルガメス軍の一兵士だった主人公「キリコ・キュービィー」は、味方の基地を強襲するという不可解な作戦に参加させられる。作戦中、キリコは「素体」と呼ばれるギルガメス軍最高機密を目にしたため軍から追われる身となり、町から町へ、星から星へと幾多の「戦場」を放浪する。その逃走と戦いの中で、陰謀の闇を突きとめ、やがては自身の出生に関わる更なる謎の核心に迫っていく。

主な登場人物

主人公とその仲間たち
キリコ・キュービィ
声 - 郷田ほづみ
7月7日生まれ。テレビシリーズ第1話の時点では18歳。ギルガメス軍の「メルキア方面軍」に所属、階級は曹長。一時は第24メルキア方面軍戦略機甲兵団・特殊任務班X-1(通称「レッドショルダー」またの名を「吸血部隊」)にも所属していた。10歳以前の明確な記憶がなく、それを思い出そうとすると発作をおこして苦しみ、暴力的になることもある[2]。過酷な戦いの日々と失意から、人間的な感情が欠落していたものの、フィアナとの邂逅やゴウトたちとの関係が深まるにつれ、少しずつそれを取り戻していく。
AT操縦技術は“それなりに高い”という程度で、レッドショルダー隊所属以前は大した戦歴も無かった。しかし、ファンタムレディと遭遇し、経験を重ねる内に、戦闘用に創られた「パーフェクトソルジャー(略称:PS)」とたびたび互角の戦いをするまでに成長する。後半では自らの使命[要出典]を知り、覚醒していく。
終戦直前に参加した謎の作戦でPSを発見し、それが原因で軍から追われる身となる。
ウド脱出の際、PS(素体)を無意識に「フィアナ」と呼んでしまうが、この謎は最終話で明かされる。
好きな物は干し肉。嫌いなものはホヤ。酒はサンサ編まで飲んだことがなく、初めて口にした途端に思わず不味いと驚いて噴き出してしまった。作中ではコーヒーを好んで飲んでいたようである。
腰の銃はAT乗りに使用者の多いバカラ・メタル社製バハウザーM571アーマーマグナム(対AT用徹甲弾を3+1発装弾)。
TV版の本編では本人の謎について概要(何者なのか)が知らされるだけにとどまるが、その能力や特異性は後に発表されたOVAで少しずつ明かされてゆく。
ATは機種を問わずまんべんなく乗りこなすことができるが、「使い慣れているものがいい」という理由から、敵ATを奪って戦う等の状況下以外ではドッグ系ATを好んで使っている。そのためクメン編では傭兵でただ一人、スコープドッグ水上戦仕様(通称マーシィドッグ)に乗る。パーフェクトソルジャー(PS)であるイプシロンと対決するようになると、イプシロンの反応速度に追随するため、ATの運動プログラムをカスタム化した「ミッションディスク」をたびたび使用するようになる。
ファンタム・レディ(フィアナ)
声 - 弥永和子(第6話以降)(第3話のみ梨羽雪子)
ギルガメス軍が作ったPSの1人。年齢不明の謎の女性。組織や軍からは「プロト・ワン」「素体(そたい)」などと呼ばれ、キリコや仲間たちは本編の途中から「フィアナ」と呼んでいる。名の意味は「火」「炎」(Fire)の女性形で、主題歌『炎のさだめ』とOVA『赫奕たる異端』最終回予告の文言はこれに由来する。(本編のクレジットでは3話が「美女」。以降最終回まで「ファンタム・レディ」)。
ギルガメス、バララントを通じて初のPSとして誕生したが、教育を施される前の「空白の状態」でキリコと出会ったため、キリコの存在が刷り込まれ、彼を慕うようになる。
PSに不要な感情である「愛」をもってしまったためPSとして欠陥品とされてしまい、クメン編において秘密結社の監視役セルジュ・ボローの死をきっかけに、以降キリコと行動を共にする。
PSは通常人よりも反射神経等の感覚が研ぎ澄まされ、戦場において著しい戦果をあげる。その生命維持には、希少金属「ヂヂリウム」(から出る放射線)を必要とするとされるが、実はそれは指揮者がPSを心理的に束縛するための欺瞞であった。「禁断症状」とされる筋肉の硬直は、催眠効果により現れるもので、実際に死につながるわけではない。
TV本編中にはなかったが、後に「PSの寿命は2年間」という設定が『赫奕たる異端』製作時に付加されており、最終回での行動が納得行くものとなっている。TV本編では第1話から最終話ラストシーンまでに約2年が経過しており、この時点でほぼ寿命を迎えていたことになる。
ブールーズ・ゴウト
声 - 富田耕生
ウドの街でキリコが知り合った人物。闇商人を生業にしてきたためメカニック・商売の才能に長け、キリコの父親的な存在でもある。最初はキリコの腕を見込んでバトリングの選手にするつもりだったが、ウド治安警察とキリコの抗争に巻き込まれてキリコに肩入れしていき、最終的にはウドの街の崩壊によってウドでの商売を畳む羽目になる。その後、クメン王国の傭兵部隊基地アッセンブルEX-10に武器類を納入する商売を手がけて成功。傭兵としてアッセンブルEX-10に入ったキリコを助ける。クメン内乱末期の大混乱もしぶとく生き延び、結局キリコには最後の最後まで付き合うことになった。キリコとは損得抜きの良き仲間である。キリコやバニラは「とっつぁん」、ココナは「おやっさん」と呼ぶ。
小説『孤影再び』の時代ではバニラの商売の相談役となり、悠々自適の隠居生活を送る。
ココナ
声 - 川浪葉子
テレビシリーズ初登場時16歳。ウドの街で“たかり”で身銭を得る浮浪少女で、キリコを巡ってゴウトらと行動を共にする。特にウド編では、キリコを見捨てようとするゴウトやバニラを何度も説得してキリコを助けるなど、重要な働きをした。クメン編ではバーの歌姫もこなすが、『機甲猟兵メロウリンク』の小説版によれば「たのまれグッバイ」以外はからっきしであるらしい。気が強いが少々涙もろい一面もある。キリコに気があったが、フィアナとの仲を見て身を引き、むしろ彼らの力になろうとする。彼女自身は後にバニラと仲良くなる。
小説『孤影再び』の時代にはバニラと結婚し、三男三女を設けている。
バニラ・バートラー
声 - 千葉繁
ココナ同様、ゴウトと行動を共にする明るい男で、元メルキア軍人。ウドの街ではゴウトと同じく、キリコを使って一儲けをたくらんでいたが、一緒に行動していくうちにキリコを支援するようになる。百年戦争時は軍の優秀なパイロットで、ウド編でも治安警察のヘリを強奪して乗り回していた他、クメンで経営していたバーを焼かれた後には、一時EX-10のヘリのパイロットとして参戦した。
全体的に重たくシリアスな『ボトムズ』の世界において、ある意味で珍しいタイプの陽気なキャラクターであり、コメディリリーフとして活躍する。演じる千葉繁のアドリブも相まって、作品に一味違った華をそえている。
小説『孤影再び』の時代ではクメン産の食料品を扱う商売により成功し、交易都市グルフェーの名士となっている。
ル・シャッコ
声 - 政宗一成
巨漢のクエント人傭兵で、クメン王国内戦時にキリコと共に戦った戦友。寡黙で信義に篤い性格。内戦終結後はクエント星に戻っており、クエント編で再登場しキリコと行動を共にする。大柄なクエント人専用のAT、ベルゼルガを駆る。クエント星消滅後は、数少ないクエント人の生き残りとなる。OVA『ビッグバトル』にもゴウト達と共に登場し、キリコを支援する。

秘密結社関係者
イプシロン
声 - 上恭ノ介
秘密結社が創り上げた2人目のPS「プロト・ツー」。PSとしてのアイデンティティーに過剰な誇りを持つなど不安定な部分があり、彼も「欠陥品」気味である。自分の教育係であり同じPSであるプロト・ワンを奪おうとするキリコに激しい憎悪、嫉妬心を抱き、クメン王国内戦以降、再三キリコと銃火を交えるが、惑星サンサにおけるキリコとの最終対決に敗北。専用ATを駆る自分を負かしたキリコは常人ではなくPSであると言い残し、息を引き取る。
OVA『ザ・ラストレッドショルダー』では覚醒したばかりのイプシロンとキリコが対決しているが、この時キリコは相手がイプシロンであることを知らなかった。
ギムアール・イスクイ
声 - 屋良有作
秘密結社幹部で元ギルガメス軍特務工作部少佐。PSに必要なヂヂリウムを確保するため、死亡したウドの治安警察署長の後任として送り込まれた。そこでファンタム・レディーを巡りキリコたちと争うこととなったが、ウド編のラスト、軍情報部に送り込まれたメルキア降下騎兵部隊の急襲を受け、爆発に巻き込まれ死亡した。
セルジュ・ボロー
声 - 緒方賢一
秘密結社幹部で元ギルガメス軍情報部少佐。劇中の風体やファンタム・レディからは「ボロー司祭」と呼ばれるなど、宗教団体に所属していることが匂わされているが、後のOVA『赫奕たる異端』で、異端者として破門された元マーティアルの一員だったと設定付けられている。ファンタム・レディやイプシロンのお目付け役であり、ウド編及びクメン編でキリコをつけ狙った。クメン編ラストで建材の下敷きになって死亡した。
アロン・シュミッテル、グラン・シュミッテル
声 - 野島昭生(アロン)、二又一成(グラン)
PS製造に関わる双子の技術者で、2人ともオカマ言葉で喋る。キリコとフィアナがクメンを脱出して以降、2人を追撃するイプシロンのテストを行う。のちにアロンはキリコがワイズマンの後継者であることに対する不満を抱き、反乱を企てるがキリコに射殺された。グランはその際に帰順し、クエント星では最後までキリコに従い艦を指揮したが、裂溝部での戦いで撃沈され戦死した。
アルベルト・キリイ
声 - 亀井三郎(第1話は緒方賢一)
秘密結社の最高幹部で元ギルガメス軍少将。クエント編より結社の行動を前線に出て指揮していた。双子に誘導されてクエント星の技術を手に入れようとするなど野心的な面が見られる。ワイズマンからの直接指揮を受ける数少ないメンバーの1人だったが、人工天体内でキリコを後継者に選んだワイズマンにより用済みと判断され処分された。
クダル・コニン
声 - キートン山田
秘密結社の一員で元ギルガメス軍少尉。小惑星リドでのPS素体強奪作戦でAT部隊の指揮を執った。戦後はウド市でバトリング選手をしており、バトリング場のゴロツキたちからも一目置かれる存在であった。バトリング場でキリコを見つけると彼の対戦相手だったボモーと自分を交代させ、ブロウバトルをリアルバトルに変更しキリコ抹殺を図るが、返り討ちにされてしまう。
チャルク・オリヤ
声 - 政宗一成
秘密結社の一員で元ギルガメス軍大尉。かつて教官としてキリコに市街地戦の訓練を施した過去を持ち、リド襲撃作戦にも参加していた。キリコを始末するために、ファイトマネー5000万ギルダンのリアルバトルをゴウト達に持ちかけ市街地に誘い出す。しかし戦闘の末、キリコに戦闘不能にされ秘密結社について自白を迫られたために、口封じのために治安警察によって始末された。
シムカス・フットー
声 - 嶋俊介
秘密結社の幹部で元ギルガメス軍大佐。サンサ編で戦艦テルタインの艦長として指揮をとっていた。古式なヘルメットとサングラスが特徴。技術にしか関心がない双子と、復讐に燃えるイプシロンの勝手な行動に散々に手を焼かされる。クエント編ではテルタインと共に登場しなくなった。
キッデル・トガル
秘密結社の幹部で元ギルガメス軍中佐。第1話冒頭に登場したのみで以後出番が無いが、ゲーム『ライトニングスラッシュ』では、廉価版PSといえる「フェイシャルソルジャー」開発の責任者として登場した。

メルキア軍関係者
ジャン・ポール・ロッチナ
声 - 銀河万丈
ギルガメス連合・メルキア軍の情報将校で大尉。第1話でキリコを拘束し尋問するが逃げられ、ウドの街に潜伏される。PSの情報を知っているであろうと目するキリコを追跡・監視するが、その任務を解かれて以降はバララント軍の大佐として再登場、軍や秘密結社とは別にワイズマンの「ある意志」によりキリコの行動を監視し続ける。
彼の真の主人というべき存在が滅ぼされ、彼自身も死亡したと思われた後も、OVA『ビッグバトル』でバララント軍大佐として健在だったり、本編の32年後を描いたOVA『赫奕たる異端』ではキリコの記録を綴る老人となって登場したりと、テレビシリーズ終了後も謎の多い人物として登場する。OVA『ペールゼン・ファイルズ』では彼と瓜二つの情報省官僚・コッタ・ルスケが登場し、最終回で改名して軍に移ることを匂わせる台詞がある。テレビシリーズにおいてはキリコが装甲騎兵として出撃し始めた頃から見張るよう命じられていたと発言しているが、ペールゼン・ファイルズ登場時の行動がワイズマンの直接的な命令に従ったものか間接的な操作によるものかは不明である。
ディーテル・ロイル・バッテンタイン
声 - 戸谷公次
メルキア軍中将。「素体」を生み出したパーフェクト・ソルジャー育成計画に深く関わった。ロッチナの上官で、秘密結社に奪われた素体と関わりのあるキリコの追跡を命じた。
後に元帥まで昇進、ギルガメス連合最高執政官となるが、テレビシリーズと『赫奕たる異端』の間に起きた「アンティテーツ事件」によって死亡する。

2009年01月17日

選帝会議で各国の国王の中から公王

統一国家ではなく、選帝会議で各国の国王の中から公王が選ばれモスの諸国家を代表する形式の公国。ロードス島南西部を占める山岳地帯にハイランドやハーケーン、ヴェノンなど大小の国家が割拠し、各国の国王は「太守」とも呼ばれる。滅亡した南のドワーフ国「石の王国」は、モス地方南東部にある山岳地帯に存在していた(モス公国には含まれない)。

古くから諸国間の小競り合いが頻繁に起き、戦いが絶えない事から戦神マイリーの信徒が多いのが特徴で、“戦神の王国”とも言われる。他に、竜が多く住むことから“竜の王国”とも言われる。

現在のモス公国は凡そ250年前に、当時のライデン王国の脅威に対抗して結ばれた対外相互防衛協定とも言うべき「竜の盟約」(加盟国は竜に因んだ二つ名を持つ)に基づいて誕生、モス外部からの侵略に対してはモス公王を中心に堅い連合体を形成して対抗し、その連合騎士団を相手にモス侵略に成功した国家は未だない。しかし国外での行動では「竜の盟約」は効力を持たず、利害関係による足並みの乱れが起こり易い傾向にある。実際に英雄戦争時にはマーモ帝国による工作によって、対マーモ連合軍から脱落している。

魔神戦争までには国家の淘汰が進んでおり、北部のハイランド、南部のハーケーン、南東のヴェノンなどの少数の有力国による寡頭体制と言って良い状態で、魔神との戦いの中でモス統一への機運が盛り上がるが、竜騎士ナシェルの失踪により統一は成らなかった。英雄戦争後はマーモから「炎の巨人」を与えられたヴェノン王国がハイランド王国を除く国々を制圧し、モス統一に王手をかける。その後「炎の巨人」を倒したハイランドの反撃が始まり、邪神戦争後半にはモス公国は初めて実質的な統一国家となる。
ミクロ ノミネー トップ ミゼラブ パビリ フルセッセ 南瓜 シナプス ブーツ ドミニ しんちょ じょうへん ビデア ころどこ ノーシード ククル シューズ ピリミジン レーシズム オーバ モチノキ ジョーンズ ティマイオ サファリジ ウイグル ストリ サーチ バーボ ダイパーズ 勿忘草 サイドス るじゅつ テキサス デビル ゴジラ しいたけ リスト きびざけ にしき パンハ ミラクル ジオラマ オートマト テディー ヒメウ シャツラ サニー ルーム フランベ 湾岸

「竜の目(ドラゴンアイ)」ハイランド
モス公国北部に位置する。元々は竜を崇める小部族で、現王家の先祖には竜司祭がいたと伝えられている。その技術を受け継ぎ、少数ながら竜騎士を擁することでロードス全土に名を馳せる有力国。一般に「モスの竜騎士」と言った場合、ハイランドの竜騎士を指す。
ハイランドの竜騎士は、魔神戦争時に5騎(ナシェルを含めると6騎)、英雄戦争勃発時には12騎居たが、「炎の巨人」を擁したヴェノンのと戦いの中で最終的に2騎(ジェスター王とレドリック王子)にまで減る。その後レドリック王子と結婚したシーリスが竜騎士となり、邪神戦争時には他に数騎増えていた模様である。
代々名君を輩出しており、「竜の目に暗君無し」とはロードス全土で言われている言葉である。魔神戦争時にも「名も無き魔法戦士」が「ハイランドの家系には竜の血でも流れているのか…」と感嘆の言葉を投げかけている。
「竜の鱗(ドラゴンスケイル)」ヴェノン
南東部に位置しヴァリス王国と国境を接する。交通の要衝マスケトの街を領することで強国の仲間入りした。他国との協調より自国の利益を露骨に優先させる傾向が強く、モス国内での摩擦に留まらず、過去に国境を接するヴァリス王国と何度も衝突している。また属国スカードを圧迫して魔神戦争の遠因を作り、更に隣接する魔神に背を向けてハイランドの友好国レントンを攻めることで、隣接するヴァリス王国から「魔神の同盟国」と疑われて侵攻を招くなど、これまで幾つもの問題を起こしている。
魔神戦争の結果スカード地方を併合してモス有数の強国となり、英雄戦争ではマーモの誘いに乗って当時のモス公王であったハーケーンの太守一族を滅ぼし、モス公王を僭称してモス統一の野望を明確にした。
「竜の炎(ドラゴンブレス)」ハーケーン
モス南部の大国。魔神戦争の結果リュッセンを属国化し、規模から言えばモス公国一の大国となった。英雄戦争時にはハーケーン太守がモス公王で、対マーモ連合軍の一翼として連合騎士団をヴァリスに派遣したが、本国が手薄になったところをヴェノンに攻められ、滅亡する。
「竜の尾(ドラゴンテイル)」リュッセン
ヴェノンとハーケーンに挟まれ、常に慎重な外交を強いられていた高原の王国。良馬の産地として名高い。
魔神戦争で魔神により一旦滅ぼされる。その後「百の勇者」を含むモス連合騎士団に解放され王国は再建されたが、国力の低下からハーケーンの属国となってしまった。
「竜の爪(ドラゴンクロウ)」レントン
モス北部の国で、かつては隣接するハイランドと敵対関係であったが、マイセンII世の時代に和解して以後は友好国としての関係を維持していた。魔神戦争時には、それを理由にヴェノンの侵攻を受けるも、ハイランドの支援で辛うじて王都を守り抜いた。
「竜の翼(ドラゴンウィング)」
ハイランドの更に北にある国。ロードス島ワールドガイドとロードス島戦記リプレイ3の地図に名前のみ登場。
スカード
モス南東部の小国。対外的にはヴェノンの属国とされていたため「竜の盟約」には加盟していない。そのため竜にちなんだ二つ名も無い。
南に隣接するドワーフの「石の王国」と「エールの誓い」による硬い同盟関係を築いていた為、ヴェノンからの圧力は受けるものの独立を守っていた。またドワーフとの交易を独占する位置にあったため、小国ではあったが財政面では豊かな国として知られていた。
魔神戦争の結果、隣国ヴェノン王国の一地方となる。